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体の構造と機能に合わせる(現実その1)


荷物が多くて持ちくたびれた時、電車の網棚は重宝します。腕を高く上げて上に載せたいのですが、走行中の揺れもあってなかなかうまく行きません。もっと高く上げようとしているのにどういうわけか全然うまく行かない。あれ?なんで?

吹奏楽部に入部したてのチューバ吹き君。チューバと言えば肺活量、肺活量と言えば腹筋、と先輩から言われ、毎日、上体起こしをして腹筋を鍛えています。ブレスを取る時にも思いっきり腹筋を固くして、言われたとおりにやっているはずなのに何故か息が続きません。ロングトーンの途中で息がもたずつい吸ってしまい、その度に先輩に怒られます。それでちょっと部活が嫌になり始めています。

こんなようなことに思い当たる人は多いのではないでしょうか。前回、「現実」というキーワードを出したので、これについて掘り下げる第一回です。

初めのケースは、腕を上げようとして実は首や頭を下に下げてしまっている可能性があります。実はこれ、腕を伸ばす、高く上げるといった動作の時にわりとやってしまうものです。腕を動かす代わりに首や頭や肩を逆の方向に引っ張ってしまうのです。主観的には(頭の位置からは)腕が遠くに行ったように見えるのですが、実際には全然上がっていないので荷物は網棚に届きません。

2つ目のケースは、吸気で横隔膜が下がった際に下や横に押しやられるべき内臓が、腹筋を固めているためにどこへも行くことができず、かえってブレスの邪魔をしている状況です。肺は自らは何ら動くことができない臓器ですので、膨らんだりしぼんだりするために必ず周辺の筋肉の助けを必要とします。吸う時には、それは横隔膜や胸郭の筋肉ですが、楽器に息を入れる、つまり吐く時の筋肉には腹筋が含まれます。したがって、使い時を間違えるとかえってうまく行かないわけです。

何かの動作を行うにあたって、そのためにはどのように体を動かすのが最も適切か、と考える時、体の構造や機能について基本的なことを知っておくと役に立ちます。例えば管楽器のアンブシュアであれば、顎や歯や唇をいかようにしてもトランペットのハイノートが当たらない、フルートの中低音域でろうろうとした響きを得たいのにひっくり返るなど、また、弦楽器のボーイングであれば、前後の音のつながりやダウン/アップの都合でどうしてもある所で音がやせてしまう、などといった場合があるとします。そんな時にふと時間を取って、そもそもその演奏動作に関わっている体の各部位がどのような動きをするのか、関節の曲がる方向はどっちか、曲がる角度の限界はどこか、どの筋肉がどの方向に動くのに役立っているのか、といったことを調べて自分が必要とする動きを考えると、複雑な動きが整理されます。そうすると、これまで自分のやっていたことが実は体の構造や機能の点からは、できないことをやらせようとしていた、ということがわりと多いのです。

体の現実に合わせて目的とする動作をやってみる。非常にシンプルですが、ATの先生はこれを極めて高いレベルで見る力を持っていますので、本人も気づかないような意外なところをばしばしと指摘されます。例えば、歩く時にどうも背中がつらいんですというクライアントに対しては、まず実際に目の前で歩いてもらって、「肩甲骨のサイズと位置についてどう思ってる?」といった具合(肩甲骨などの用語を出さずに別な形で問いかけることの方が実際には多いですが)。僕自身もなかなか目からうろこなことが多く、大変勉強になっています。