bodytune

アレクサンダー・テクニークで読む『メニューイン/ヴァイオリン奏法』

e0306278_2042362

今から40年ほど前、世にも奇妙なバイオリンの教本が現れました。メニューイン/ヴァイオリン奏法です。楽器の教本としては、この本は類書に例のない特色があります。まず、音符がほとんど出てきません。音符がほとんどないばかりか、全6章あるうちの最初の1章から2章の前半までは楽器すら触りません。では何が書いてあるかというと、バイオリンを弾くための体の動かし方が文章と挿絵でくどくど説明されているのです。

僕がこの本と出会ったのは最近のことで、もともと、かみさんが音楽家に役立つヨガについて調べる中で見つけてきました(メニューインは、日本でも広まりつつあるアイアンガー・ヨガの創始者アイアンガー師から直接ヨガを学んでいます)。正直はじめのうちは「左親指の第一関節から先の部分を、それを垂直になるまで左方に押して~そうすると親指の腹の部分が斜めに傾斜することにな(り)~そこで右人差し指をそーっと下方に押し下げるならば、左親指の肉が下方に押されてクッションのようになって支えるような形になる」といった具合で、言ってることをイメージするのがかなりめんどくさい本でした。

しかし、アレクサンダー・テクニークの勉強を始めて1年がたち、体の使い方や筋感覚/固有感覚といったことがある程度分かり始めてきたタイミングで読んでみて、これはすごい本だと思いました。書かれているのは、この名演奏家が体の内側でどこをどう動かしているかを詳細に解説したもので、いわば、彼の演奏動作における手順書のようなものなのです。

これはとてもありがたいことだと思います。今日、我々は動画サイトやDVDを通じて名演奏家の動きを自宅にいながら観察することができ、これ自体は、一昔前までは演奏会に出向くか音大で師につくかしなければなかなか得られなかったことに比べて良いことなのですが、見えている動きをただ真似ても、本人が実際にやっていることと同じになるとは限らないという問題があり、その意味でメニューインが自分で自分がどう動いているか書き残してくれたことは貴重なのです。

例えば、図1の矢印のような動きをしたいとします。見える動きは矢印の動きだけです。でも、このような動きを実現する体の使い方は無数にあります。例をあげれば図2と図3の青い矢印のような方向性を持った力です。これは、2つの別々の力を合わせた合力として赤い矢印の動きを作り出しています。図2と図3は力を入れる方向や量は全く別物ですが、結果として現れる動きはどちらも図1と同じ赤い矢印となります。さらに力を増やして図4のように青い矢印を3本にしても結果は同じです。この調子でどんどん力を増やしていっても、結果が同じ赤い矢印になるような組み合わせは無数に作れます。模式的にベクトルの矢印のみで描きましたが、実際の人では、青い矢印はそれぞれ別々の筋肉が働いた時の力の方向と量、赤い矢印はそれらが全部合わさった時の動きの方向と量、になります。青い矢印をどんどん増やしていくこともできますが、ある限界を超えると非効率で疲れやすくなったり、骨格の剛性を超えた力がかかって関節を傷めやすくなることも、ここから容易に想像できると思います。

 図1図2

図3図4

 

先生に言われたとおりに、先生がやって見せてくれたとおりやっているのになかなかうまくいかない。僕自身、そんな経験がたくさんあります。その度に自分は不器用だから、と半ばあきらめていました。でも、目に見えている動きを作るための体の動かし方は無数にあるのですから、それを当てる方が難しいとも言えないでしょうか。

メニューインが秀逸だったのは、体の動かし方を内側から説明しようと試みたことでした。これは本人が不調に悩み、ヨガを実践してきたことと無縁ではないと思います。神童と言われた頃の自分、調子がいい時の自分はどのようにやっていたのかを観察し、筋感覚/固有感覚を研ぎ澄まし発展させてきた言葉で表現したがゆえでしょう。

名演奏家の演奏の秘密をこんな形で明らかにしたものは他に知りません。この本の類まれなる魅力を多くの人と共有したい。そのような気持ちで、これから少しずつ僕なりの理解でこの本から読み取ったことを書きつづりたいと思います。